甲府地方裁判所 昭和25年(ヨ)21号 判決
申請人 富士シルク工業株式会社従業員組合
右代表者 委員長
被申請人 富士シルク工業株式会社
一、主 文
申請人において金二万円の保証を立てることを条件として、
被申請会社が昭和二十五年二月十九日別紙目録記載のものに対してなした解雇の意思表示はその効力を停止する。
申請人のその余の申請はこれを却下する。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
二、申請の趣旨
申請代理人は、
被申請会社が昭和二十五年二月十九日別紙目録記載のものに対してなした解雇の効力を停止する。被申請人は右の者等に対して工場の出入その他被申請会社の従業員としての行動を妨害してはならない。
との判決を求める。
三、事 実
申請代理人は、
(一) 被申請人は製糸及びメリヤス製造販売等を業とする資本金四百万円の株式会社であり、申請人は使用者側を除く被申請人会社全従業員(職員及び工員を含む。)を以て組織された労働組合で、組合員Aが昭和二十四年十二月二十七日委員長に選任され、同年十一月当時の組合員総数は約二百六十名である。そして申請組合は被申請会社との間に昭和二十四年四月八日団体協約を締結したが右協約は同年十月八日更新されて更に六ケ月間その効力を存続することになつた。
(二) 被申請会社は昭和二十四年十一月二十五日から二十七日にかけて行われた女子組合員の越冬資金要求に対して組合の分裂を策し、これに同調した男子職員十九名男子工員六名が中心となつて、A外五名の組合幹部(いずれも後記被解雇者の中に含まれる)を組合から除名しようと図つたが、組合員多数の反対により失敗に帰した。
(三) かくして被申請会社は昭和二十五年一月十九日申請組合役員の集合を求め、その席上組合を代表して出席したA委員長外三名に対し会社再建案なるものを説明した上、一方的にその場で別紙目録記載のものを含む四十四名の解雇を発表し、直ちに会社掲示板に被解雇者氏名を掲示し、なお工場内スピーカーで被解雇者氏名及び退職金の即時受領方を放送した。
そこで申請組合は直ちに被申請会社に対し団体交渉を申し入れたが、これに応じないばかりでなく、翌二十日から臨時休業と称して申請組合員の工場出入を拒んでいる。
(四) しかしながら、被申請会社のなした右解雇は次のような理由によつて無効である。
(1) 前記団体協約には第四条として、「会社は機構の改変及び人事については常に組合の意向を反映させる事に努める。従つてその決定に際しては豫め組合に諮る。」という条項が設けられてあるのに、本件解雇は右条項に違背し全く一方的になされ、組合に全然諮つたこともなく、組合の意向を反映させる事に努めた形跡がない。
(2) 本件解雇は次に述べる様な事情から労働組合法第七条第一項に違反した不当労働行為である。
(イ) 先ず被申請会社は本件解雇にあたり被解雇者にその解雇理由を告げていないし、後に被申請会社の発表した解雇基準の何れに該当するかも示していない。しかも、本件被解雇者は右解雇基準のいずれにも該当していない。
(ロ) 本件被解雇者中A、B、C、D、E(本件被解雇者中男子全部)は前記会社の組合分裂の為の策動に最も強く反対したものである。
(ハ) 申請組合の執行委員は全部で十一名であるが、本件被解雇者中には右執行委員十名を含み、被解雇者中に組合役員の占める割合が著しく高い。
(ニ) その他の被解雇者もすべて職員大会、団体交渉等において活溌に発言した者ばかりである。
以上のような理由で本件解雇は無効と云うべきであつて、申請人は解雇無効確認等の訴訟を提起すべく準備中であるが、右被解雇者はいずれも資産がなく、職について居らねばその生活に窮する実情にあるので、かかる急迫した危難を避けるため、申請の趣旨記載のような仮の地位を定める仮処分を求めるべく、本申請に及んだものである。
(五) 被申請人の主張に対し、労働組合が組合員のために訴訟を提起することは、労働組合の労働法上の権利であつて、申請人が本訴の訴訟追行権を有しないという被申請人の主張は理由がない。被申請会社は昭和二十四年十二月より組合の分裂を策してこれに成功し、右分裂状態を利用して正当な組合代表者の資格を否認し、これによつて経営協議会の開催を囘避しながら、突如一方的に前記解雇を行つたもので、協約違反の責任は被申請会社にあるのである。しかも被申請会社が本件解雇に当り定めた解雇基準は、特に解雇の為に設けた不当のもので、殊に出勤率に対する採点は労働基準法第三十九条第一項の精神に反するものである。被申請人主張の各被解雇者が被申請人主張のように離職票を受領し、塩山公共職業安定所に求職の申込をなし、失業保険金を受領し、又解雇手当金を受領した事実は認めるが、その他の事実は否認する。申請組合は一応被申請会社の百十二釜に依る企業再建案により操業を開始することを承認したが、前記解雇を承認したものでなく、仮処分の必要は消滅していないのである。(疎明省略)
被申請代理人は「申請人の申請を却下する」との判決を求め、本案前の主張として、「本件解雇は被解雇者である組合員個人の権利義務に属する事項であるから、組合は組合員に代つてその解雇の効力を爭う為訴訟を追行する適格がない。」と述べ本案の答弁及び抗弁として次のように述べた。
(一) 申請人の主張する事実中、被申請会社がその主張のような業務を営む資本金四百万円の会社で、申請人が使用者側を除く被申請会社従業員を以つて組織された労働組合であること、申請組合と被申請会社との間にその主張の日団体協約が締結され、その主張のように更新され、その第四条としてその主張するような条項が設けられていること、被申請会社が昭和二十五年一月十九日申請組合代表者を集め企業再建案を説明した上、別紙目録記載の三十三名を含む四十四名の組合員の解雇を発表し、会社掲示板に被解雇者氏名を掲示し、工場内スピーカーを通じて被解雇者氏名及び退職金の即時受領方を放送したこと、右解雇について申請組合に諮りその意向を反映させることをしなかつたことは認めるが、その他の事実は爭う。
(二) 被申請会社は当時原料、金融及び市場等の各事情、並びに工場設備からする生産費関係等のため企業整備の緊急の必要に迫られていた。即ち、昭和二十四年十二月末現在に於ける被申請会社の手持繭に対する負債勘定は、山梨中央銀行及び山梨県信用農業協同組合連合会に対し会計四千百二十九万一千百六十六円五銭が計上され、当時の手持繭は、一万一千十一貫(貫入値段において三千八百十三万四千二百九十円五十三銭)であるから差引借入金超過額は三百十五万六千八百二十五円四十二銭となるのである。(しかも、手持繭を昭和二十四年末頃の時価で計算をすれば二千五百八十五万五千円であるから棚卸損失として更に、千二百二十七万九千二百九十円の赤字が見込まれる)。そこで右手持繭(糸量に換算して二万七千百二十五斤)を従前通りの百五十六釜で繰糸を行えば、従来の実績は一釜一日二百五十匁であるから、昭和二十五年六月四日に繰糸が完了することとなり、繰糸生糸の販売価格(一俸百斤当り十四万円)から生産費(一俸当り四万五千円)を差し引けば二千五百八十五万五千円という計算になるので、他に繰糸副産収入百三十万円を加え、これを借入金の返済に充当しても千四百十三万六千円余の負債が残ることになる。然しながら、これを百十二釜で繰糸する時は、一釜一日三百五十匁の繰糸を実施することに依つて昭和二十五年六月三日繰糸を完了し、生産費において三百十二万円の節約ができ、借入金に対し三千三十七万五千円の返済が可能となるのである。しかも、百十二釜繰糸の実施は全国の製糸設備と原料生産の不均衡の調整上三割程度の釜数整理が必要であること、二十五年度原料購入が資金関係から七千貫の減少が見込まれること、在庫調を昭和二十五年六月の本年新繭の出るまでに消化する必要のあること、輸出生糸の製造工場として公認せられる設備の最低の限度が百釜であること等を勘案して、被申請会社の企業を存続させる為合理的で必要な再建的措置なのである。而うして百十二釜の繰糸において必要な従業員は一般に一釜一・五人の割合であるから、女子工員は百六十名で足り、ここに超過する女子工員及び男子工員中の補助的業務に従事するものを早急に整理する必要が生じたのである。
(三) そこで被申請人は昭和二十五年一月二十日以降数囘に亘り右企業整備による会社再建案につき申請組合に対し経営協議会の開催方を申し入れていたのであるが、当時申請組合は分裂状態にあつて組合員全体を代表する正当代表委員の選出ができず、従つて経営協議会開催の機会もなかつた。すなわち、本件解雇につき会社が組合に諮りその意向を反映することは不可能であつたのであつて、その原因たるや、全く申請組合の自主性欠如に基くもので、その責任は挙げて組合が負うべきであり、被申請人の責に帰すべからざる事由によるものであるから、本件解雇が申請人の主張するように被申請会社と申請組合との間の団体協約第四条に違反しているということはできない。
(四) 而して被申請会社は、各課各係において前記百十二釜繰糸により再建案に基く定員表により過剰人員を左記整理方針で解雇することにした。
1 出勤成績の不良のもの
2 不要不急の部門のもので、他に転籍の余地のないもの
3 技能成績の良好でないもの
4 職務上の指示命令に従わず会社秩序を乱すもの
5 補助的業務に従事するもの
よつて右方針に従い男子工員中守衛を除くその他の補助的業務に従事する男子従業員を整理対象としたが、申請組合の男子工員はすべてこれに該当するのである。女子工員については技能(昭和二十四年八月から昭和二十五年一月の平均加給を算出し一級を十点とし一級増す毎に一点差引き十級迄とする)出勤状況(昭和二十四年七月二十六日から二十五年一月二十五日迄の百四十七日に対する出勤率を算出し百%を十点とし八二%を一点として採点する)、及び総評(勤務成績を甲、乙、丙、丁の四段階に分ち、甲を二十点丁を五点とし、四階級に五点の差を附ける)により採点し、総点数十九点以下のものを解雇該当者としたのである。従つて本件解雇は不当労働行為とはならない。
(五) 而うして本件解雇後昭和二十五年三月二日、被申請会社は前記百十二釜繰糸による企業再建案に基く工場の再開を申請組合に申し入れたのに対し、同組合は昭和二十五年三月五日右企業再建計画による人員整理を全部承認し、ここに同年三月六日より右被解雇者を除く従業員によつて操業が開始されたのである。なお被解雇者は離職票を被申請会社から受領し、d、T、K、F、l、M、Y、g、V、fの十名は塩山公共職業安定所に対し解雇を確認して求職の申込をなした上失業保険金を受領しA、B、E、D、C、O、b、v、J、H、Z、W、S、Q、P、I、F、L及びRの十九名も解雇を確認しないが、失業保険金を受領して居り更に別紙目録の三十三名のうちPを除くその他のものは被申請会社より甲府地方法務局に供託した解雇手当金を受領しているのである。
以上の事実に依つても被申請組合及び前記三十三名の者はその後に於いて解雇を確認しているので、本件仮処分の必要は消滅しているのである。(疎明省略)
四、理 由
被申請人が製糸及びメリヤス製造販売等を業とする資本金四百万円の株式会社であり、申請人が使用者側を除く同会社従業員(職員及び工員を含む)を以て組織された労働組合であることは当事者間に争がない。
被申請人は、組合員の解雇は組合員個人の権利義務に属する事項であるから、組合は所属組合員の一部に対する解雇の効力を争うため訴訟を追行する適格がないと主張するが、労働組合は所属組合員の労働を組織的に統制することによつて使用者に対抗し、これと対等の地位に立ち、労働条件の維持改善、労働者の権利の擁護に当るものであるから、所属組合員に対する解雇が団体協約に違反し又は不当労働行爲となる場合に、その組合員の権利を保護しその地位を確保することは組合にとつて重大の利害をもち、その職能上することができなくてはならないところのものである。従つて組合は個々の組合員と並んで、組合の名において個々の組合員のために解雇の効力を争い、その従業員たる地位の確認につき訴訟を追行する適格があるといわねばならず、被申請人のこの点に関する主張は採用できない。
ところで証人小沢三千保の証言と申請人代表者A尋問の結果によれば、申請組合は昭和二十二年春社長、副社長を除く会社従業員により設立されたが、昭和二十四年六月労働組合法の改正に伴い、組合員から課長次長守衛が除かれ、当時組合員数は職員工員合わせて三百五十名前後であつたが、その後昭和二十四年十二月当時は二百五十名位となつたこと、昭和二十四年十二月下旬になり組合から女子工員の越冬資金の要求をすることになり、同月二十五日及び二十六日にわたり経営協議会及び団体交渉が行われたが、その際開かれた組合大会で組合員の意見が対立し、当時の委員長を含む四十数名が退場してしまつたが、友誼団体のとりなしで辛うじて分裂を免れたところ、同月二十七日の組合大会で副委員長A外五名の除名問題に端を発して混乱を生じ、委員長と委員四名を含む五十数名(職員全部と一部工員)が退場してここに組合が分裂し、残つた組合員百九十一名で新に役員を選任し、委員長として前副委員長のA、副委員長として前執行委員B、書記長として前執行委員Eがそれぞれ就任したことが疏明され、これと証人石川正路の証言によりその成立を認める疏乙第二号証の一及び同第八号証と同証人及び証人小沢三千保の各証言を併せ考えれば、前記組合の分裂の際前記五十数名の者(申請人の所謂分裂派)は申請組合を脱退したものであつて右脱退により申請組合の同一性はいまだ失われていないと見ることができるから新に委員長として選任されたAは申請組合を代表するものであると一応認めることができる。
さて、昭和二十五年二月十九日被申請会社は申請組合の代表者の集合を得て、企業整理による再建案を説明した上別紙目録記載の三十三名を含む四十四名の馘首を発表し、直ちに会社掲示板に被解雇者氏名を掲示し、なお工場内スピーカーで被解雇者氏名と退職金の即時受領方を放送したことは当事者間に争なく、これと証人石川正路の証言とを併せ考えると、右掲示及び放送により各被解雇者に対する解雇の通告はなされたものと一応認め得る。而うして申請組合と被申請会社との間に昭和二十四年四月八日団体協約が締結され、同年十月八日更新により更に六ケ月間効力が延長されたこと及び同協約の第四条として「会社は機構の改変及び人事に就いては常に組合の意向を反映させることに努める。従つてその決定に際しては予め組合に諮る。」という条項が設けられていることは当事者間に争がない。
申請人は、被申請会社が本件解雇の通告に当り、右条項に違反し、組合に諮りその意向を反映させることに努めなかつたから、本件解雇は無効であると主張するので考えて見るのに、被申請会社が本件解雇の通告をなす前、それについて組合に諮つたことはなく、組合の意向を反映させる機会をもたなかつたことは当事者間に争いないところである。然しながら被申請人は、当時組合が分裂して組合員全員を代表する正当な代表者の選任がなく、経営協議会を開催する機会をもち得なかつたので、解雇について組合に諮らなかつたのは被申請会社の責に帰すべからざる事由によるものであると主張し、当時組合が分裂していたことは前説示のとおりであつて、成立に争のない乙第一号証の一乃至三、乙第二号証の二、三及び前記乙第二号証の一並びに証人石川正路の証言によれば、被申請会社が昭和二十五年一月二十日以来数囘に亙り申請組合との間に経営合理化のための経営協議会を開催すべく申入れをしたことが疎明されるのであるが、なお、右乙第一号証の二、三、乙第二号証の一乃至二、と申請人代表者A尋問の結果によれば、前説示のとおり組合は二つに分裂し、昭和二十五年一月二十二日当時所謂分裂派約九十名は別に富士シクル労働組合準備委員会を組織し、申請組合は組合員約百六十名を擁して居たので、被申請会社の従業員は申請組合に属するものと右準備委員会に属するものと二つの団体に分れて居たこと、そして申請組合は、被申請会社から前記経営協議会開催の申入れを受けたので、即日之に応ずることにして代表委員の氏名を通知したのに拘らず、被申請会社はその者等が真の組合代表者でないということで、協議会の開催を拒み、よつて、申請組合としても分裂派と協調妥協して経営協議会に臨もうと努めたが、それも不可能となつたので、その後申請組合の方から改めて協議会開催の申入をしたのに、被申請会社は組合全体の代表者と認められるものの選任がないということで開催を遷延していたことが疏明され右のような組合の分裂した事態において被申請会社が真に従業者との協議を望むならば、申請組合と分裂派と二つの団体が存在し、その間の調整が困難である以上、双方の代表者と別個の協議会をもつにしても、従業員との協議は可能である。被申請会社において、ただ申請組合の代表者が真に組合を代表するものでないと云つて経営協議会の開催を躊躇したのは、右分裂を利用して経営協議会を囘避していたものと一応推断することもあながち不当ではないと考えられ、被申請会社が本件解雇について申請組合に諮らなかつたのは被申請会社の責に帰すべからざる事由によるものであるという被申請人の主張も容易に採用し難い。
而うして前記団体協約及び覚書(成立に争のない甲第二号証)について考えて見るのに、団体協約第四条には、会社は人事に就いてその決定に際しては予め組合に諮ると規定し、同第六条では、経営協議会は所定の事項につき報告、諮問、或は協議をすることと定められ、その諮問事項中には機構、職制及びそれに附随する諸規則の制定改廃に関する事項と生産計画とが含まれるのに対し、協議事項中には労働条件に関する事項と並んで人事に関する事項が含まれている、そしてなお団体協約の締結と同時に申請組合と被申請会社との間に覚書として確認されたところによれば、団体協約上人事という中には解雇が含まれることが明らかである。従つて協約の規定上第四条に人事について組合に諮るというのは協議より軽い意味合いで一応意見を徴するという程度のものと解するのは相当でなく、会社は解雇について経営協議会において協議することを要するものと解すべきである。
果してそうであるならば、かかる条項は組合員の解雇にあたり会社は人員整理の必要である所以を明示し解雇基準の設定及び被解雇者の決定について組合と隔意のない意見の交換を遂げるという意味において、労働者の待遇に関する基準を定めたものであるといい得るから、前記の通り被申請会社が申請組合と協議する機会も持つことなく、一方的になした本件解雇は右団体協約第四条に違背して無効というべきである。
次に本件解雇が労働組合法第七条第一号に違反するものであるかどうかについて考察する。
被申請人は当時被申請会社が原料、金融、及び市場事情並びに生産費関係等から企業整備の必要に迫られていたと主張し、証人石川正路の証言及び被申請人代表者栗原幾蔵の尋問の結果によりその成立を認める疏乙第四号証、第十七号証の一、三、五及び同証言と尋問の結果によれば、当時被申請会社においては糸価の低落、金融事情等から経営状態が悪化し、ある程度の企業整備の必要を生じたこと及び右の見地から企業の存続のためには百十二釜繰糸を実施することが従来の百五十六釜繰糸を継続するより合理的であることが疏明される。然しながら証人石川正路の証言により成立を認める疏乙第十三号証の三、前記乙第一号証の一並びに右証人石川正路及び証人平吹幸造の各証言によれば、昭和二十五年一月下旬において、被申請会社は経営合理化のための配置転換を計画して、そのための経営協議会の開催を申入れたのであるが、前説示のとおり右協議会は開催されることなく、同年二月十五日になり、会社役員会において百十二釜繰糸の実施とそれに伴う人員整理を立案決定し、前記のとおり同月十九日に本件解雇を発表したものであること、本件解雇に先立ち予め退職希望者の申出を求めるようなことはしなかつたこと、昭和二十四年五月頃一部従業員の解雇を行つた際も女子工員については年々自然減少が見込まれるので、特に整理は行わなかつたこと及び事実昭和二十四年度六十名前後の自然減少があつたことが疏明されるので、仮に被申請会社において企業合理化として百十二釜繰糸を実施しある程度の人員整理の必要があるとしても、本件においてしかく早急に四十四名という多数のものを整理しなければならない緊急の必要があつたか否か疑問なしとしない。
而うして被申請人は男子従業員については補助的業務に従事するものを整理の対象とし、女子工員については技能、出勤状態、総評の三項目において採点し序列の低いものから整理したと主張し、申請人はその整理基準を不当であるとして争つているので、男子従業員の整理基準については暫く措き、女子工員の序列について、被申請会社の採用した採点方式を検討して見るのに、証人石川正路、平吹幸造、雨宮種代の各証言によれば、被申請会社が女子工員につき解雇の基準を被申請人主張の三項目の採点においたことはその主張のとおりであつて、そのうち技能点というのは平素工員に対し本給と共に支給せられる加給の如何によつて決定せられるもので、その加給というのは毎月十六日より翌月十五日迄の一ケ月間を仕切り、作業実績と勤務点とを前者を九十%、後者を十%の割合で算出して定め、作業実績は繰糸の係に関する限り、糸目、工程、職度、光沢の検査により略々客觀的機械的に定まり、勤務点は出欠、副産、整備、操行によりやはり相当客觀的に判定されるものであること、これに対して総評点は勤務成績乃至生産協力性という觀点から各職場主任が独自の立場で採点したものであること、そして繰糸以外のすなわち煮繭、撰繭等の係においては技能、総評ともに該職場主任の主観的評価に一任されていることが疎明され、且つ技能点、出勤点、総評点の三者は相互に多少の重複する部分があり、殊に技能点と出勤点とはいずれも総評点と多分に重複していることを知り得るのである。而も右各疏明を更に細かく見て行くと、被申請会社はその採点において主観的評価の余地の多い総評を、相当客観的に判定される技能及び出勤状態の二項目を合したものと同等の比重を以つて取り扱つていることが分り、その点からするも右整理基準の妥当性は相当割引かれなければならないのである。そこで前示、疏乙第四号証中の女子工員成績調書(序列名簿)について、客観性の高い技能点と出勤点とだけを取り上げてみれば、本件被解雇者が解雇されなかつたものに比して必ずしも低位にあるものでないことが十分に了知され、従つて本件解雇にあたり、被申請会社の附した女子工員の序列もそのままに信用することは困難であるといわざるを得ない。そればかりでなく、成立に争のない疏甲第一号証と申請人代表者A尋問の結果によれば、組合の分裂前において組合役員の定数は十二名であつたこと、被解雇者中昭和二十四年三月より分裂当時迄の間組合役員の地位にあつたものが十一名に上ること及び別紙目録記載の男子工員五名はいずれも組合委員であつたことが疏明され、従業員総数に対する被解雇者の割合に比して組合役員の地位にあつたもので解雇されたものの占める比率が著しく高いものであることが分る。
しかも、証人小沢三千保、石川正路、平吹幸造の各証言、及び申請人代表者A尋問の結果によれば、申請組合は前記のように女子工員の越冬資金要求に端を発し昭和二十四年十二月二十七日分裂したが、所謂分裂派は被申請会社職員を主体とするもので、その前日たる二十六日にメリヤス工場で組合大会が開かれた際、所謂分裂派に属する代永、萩原、天野等が資格審査と称して一時会場を出て事務室へ入り、間もなく再び会場へ現われて、A、B、E、C、F、G、H、Y、f、J、g、M、v、I及びO等組合員に対し退場を求め、右両人等が会場から一時退去したことがあつたが、右代永、萩原、天野等が資格審査と称して会場から事務室へ行つたときその事務室には平素その室にいることのない石川、平吹、永田の各課長が居つたこと、その日分裂派の人々から選ばれた交渉委員と会社との間に越冬資金支給の了解がついたこと、その翌日分裂派に属する人々が生糸課の事務室で勧告と題する書面(疏甲第四号証)に従業員等の署名を求めたが、右書面はA、B、E、O、F、Gの除名に関するもので、その際右事務室には平吹課長も居合はしたこと、及びその日の午後開かれた組合大会で右六名の除名が分裂派の人々から叫ばれ、決をとつたが、三分の二以上の多数で否決され、結局分裂派のもの五十余名が大会から退場して組合が分裂したものであること、そして右審査の対象乃至除名の対象となつた前記のものは本件被解雇者でいずれも組合運動に熱心のものであつたことが疏明されるのであつて、被申請会社が申請組合の分裂を策したとまでは云い得ないが、被申請会社が分裂による申請組合の弱体化の間隙を利用して一方的に本件解雇を敢行したものであることは窺うに難くない。尤も、証人平吹幸造の証言により成立を認める疏乙第六号証及び同証言によれば、昭和二十五年二月十二日から十七日迄の繰糸成績は目標より著しく劣り、工員の中に何等かの動揺が窺われたこと、又同月十四日の朝、Aの指示により始業十分の準備時間中準備廻転の中止がなされたことが疏明されるが、右成績の低下が本件被解雇者の特別の作為によるものとの疏明はなく、又申請人代表者A尋問の結果に徴しても、右準備時間の問題は組合活動として不当のものであると目せられるものではない。
以上説示したところからして、本件解雇は、その表面の理由は兎も角、被解雇者中の相当数の者について、実質上同人等が富士シルク工業株式会社従業員組合の組合員であること、又は熱心に組合活動をしたという理由でなされたものと認め得られるから、労働組合法第七条第一号に違反し、不当労働行為としてその効力を生じないものといわざるを得ない。そこで最後に仮処分の必要について考えて見なければならぬ。
被申請人は先ず本件解雇後昭和二十五年三月二日申請組合に対し会社の企業再建案に基いて操業を開始し、整理対象者は工場内へ立ち入らないという申入書(疏乙第十四号証)を提出したところ、申請組合はこれを承認したので、会社の企業再建案に基く人員整理を確認したものであり、仮処分の必要は消滅したというが、成立に争のない疏乙第十四号証、第十五号証の二、四によつても、申請組合は一応操業開始を会社の企業再建案に従つて行うことを了解したに過ぎず、整理を確認したという点までの疏明はないから右の主張は採用の限りでない。
次に被申請人は本件被解雇者中A外二十八名のものが塩山公共職業安定所に求職の申込をして失業保険金を受領し、又Pを除くその他のものは解雇手当金を受領して居り、いずれも解雇をその後において確認していると主張し、h等被申請人主張の十名のものは解雇を確認して又A等十九名は解雇を確認しないで、いずれも塩山公共職業安定所に求職の申込をなし失業保険金を受領して居り、又Pを除くその他の被解雇者全部は解雇手当金を受領していることは当事者間に争のないところであるが、申請人代表者A尋問の結果によれば、退職金を受領したのは当然後に休業補償として貰えるものであると考えて受領したということであり、h外九名が職業安定所に対し解雇を確認したのは、そのようにしなければ保険金がとれないと考えたもので、その後解雇を確認しなくても保険金がとれる手続のあることが分り、A外十八名は解雇を確認しなかつたものであることが一応認められ、解雇の通告を受けたものが、その与えられた救済手続を出来る限り利用してその後の生活の維持を図ろうとするのは、他に生活の手段のない労働者として緊急止むを得ない事柄と考えられるのであるから失業保険金又は退職手当金の受領ということだけで、被解雇者が自ら不当と考える解雇を承認したものと認めることは相当でない。従つて被申請人の右主張も理由がないというべきである。
然らば解雇が一応無効と認められるのに、被解雇者が本案判決の確定迄賃金の支払も受けず、又工場に立ち入ることもできないということはその生活に多大の脅威を受けるのであり、且つ一旦離職すると他に就職することも意の如くならない現状では、失業保険金や退職手当金の受領があつても、その不安苦痛は消滅するものでないから、別紙目録記載の本件被解雇者の身分を従前の地位に復する仮の地位を定める仮処分をなす必要のあることは多く論ずるまでもなく明らかであり、別紙目録記載のものに対する解雇の効力の停止を求める部分は理由があるというべきである。なお申請人は従業員としての行動の妨害禁止をも併せて求めているが、前記のように一応解雇を無効と認定し、その効力を停止した以上、本件被解雇者の地位は安定し、仮処分の目的は一応達し得られるのであるから、就業妨害禁止の必要について特段の主張疏明を欠く本件にあつては、右申請を失当として却下すべきものとする。
よつて、保証につき民事訴訟法第七百五十六条第七百四十一条を、訴訟費用の負担につき同法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 入山実 石田実 宮沢邦夫)
別紙目録<省略>